昭和女子大学_現代教育研究所_EduMate_Vol1
17/24

に課題があることが明らかにされています。そうであれば、これまで「整理された情報」を丁寧かつ分かりやすく与え続けてきた学校教育の学びそのもののあり方を見直す必要があるのではないでしょうか?日本の学校教育は「お膳立て症候群」に陥っている、というのが私の見立てです。を越境するテーマ性に満ちた問題発見・解決的な学び」であり、「思考・判断・表現、想像・創造がふんだんに問われる主体的・対話的・深い学び」なはずです。教師が何を教えたかではなく、子どもたちが何を学びとったのか、その経験の意味を問う必要に迫られているわけです。による学びのアップグレードが図られなければ意味がありません。その際、教育方法ばかりに注目が集まるきらいがありますが、実質的に教育内容を規定する教科書についても、従来の教科書をデジタル化すればいいのではなく、そのあり方それ自体が見直される必要があるでしょう。もちろん、その他の環境整備や条件整備もまた重要なことは言うまでもなく、本来であれば理科教育振こうした観点からICTの利活用興法の時のように情報教育振興法を制定するぐらいの大胆な施策を打つべきです。地域間格差が生み出されるべきでありません。今そしてこれからの社会を生きる子どもたちが学校で学ぶ価値と意味は何か、それが痛烈に問われているのだと思います。まさに時代の転換期です。とはいえ、デジタル革命で時代を牽引してきたスティーブ・ジョブズは、自分の子どもたちがデジタルに触れる時間を制限していました。それはテクノロジーの危険性を目の当たりにし、彼自身が体感してきたからです。テクノロジーの進化に伴い、失われてしまうものにも同等の注意を払え、彼はそのように課題提起していたように感じてしまいます。社会的ニーズだけに囚われ、子どもの成長・発達ニーズを見誤らないよう、人材ではなく人間を育てる学校教育の未来をともに描きたい、そう私は願っています。(緩利 誠)    nmcolu17 人工知能やロボット技術の発展に伴い、様々な職業が無くなると言われています。あらゆるものがネットワークで結ばれ、それらの情報が膨大に蓄積され、あらゆる分野で活用されるようになり、教育分野でもICT技術が活用されるようになりましたが、「教員」という職業が無くなる時代がくるでしょうか? 2017年2月に新学習指導要領が告示され、小学校でもプログラミング教育が必修化されることになりました。「意図した処理を論理的に繋ぎ合わせて実行する」というプログラミングの基本的な考え方を体感することで、他の教科と同様に論理的思考力や問題解決力などを伸ばすのが狙いですが、プログラミング教育では特に「個々で創造できる」ということが重要です。 専門家が作ったプログラムを使い、言われた通りに動かして結果を見て終わりであれば、そこに教員は必要ありません。そこから自分ならどうするか、どう動かして何を創るのかを考えさせる過程が、様々な能力を引き出します。 確かに今後、人工知能やロボットの活躍の場はますます増えるでしょう。しかし、それらを動かすプログラムを創るのは人です。無く◇中田 亮太郎(昭和女子大学職員。産業技術大学院大学 情報アーキテクチャ専攻在籍中。)なる職業があるとしても、その職業のことを理解し、機械やソフトウェアに代替させるために何が必要なのかを考えることが無くなるわけではありません。教員も、単にプログラミングの知識を提供するだけの部分を取り上げれば代替できる教材や環境はいくらでもあるでしょう。しかし、プログラミング教育を通して機械やインターネット、プログラムの先にいる人の意図や考え方を理解できるようにすることは、教材だけでは不可能です。 プログラミング教育で育てたいのは、人工知能やロボットではありません。単にソフトウェアの操作や教材の動かし方だけで終わらせず、プログラムはなぜ動くのか、動かなければどこが問題なのか、それはどうやって解決すべきかなど、その過程での様々な興味や疑問、課題に対応できるようにしていくことで主体的な学びを引き出し、真に意味を持つ教育とすることが求められているのではないでしょうか。い第る4の次は産、業「革各命教と科いやう教時科代書が、求教め室てプログラミング教育で何を育てるのか

元のページ  ../index.html#17

このブックを見る